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東京高等裁判所 昭和59年(ネ)2979号 判決

控訴人

前橋信用金庫

右代表者代表理事

右訴訟代理人弁護士

町田繁

被控訴人

右訴訟代理人弁護士

善如寺雅夫

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

理由

一  成立に争いのない甲第一四号証、いずれも被控訴人作成名義部分の同人名下の印影が同人の印章により顕出されたものであることに争いがなく、≪証拠≫によると、請求原因1、2及び5の各事実(被控訴人との間の連帯保証契約の成立に関する以外の事実)を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二  そこで、まず被控訴人が訴外会社の控訴人に対する債務(以下「本件債務」という。)について請求原因3の連帯保証をしたか否かを判断する。

1  前掲のとおり≪証拠≫中の被控訴人作成名義部分の同人名下の各印影が同人の印章により顕出されたものであることは当事者間に争いがなく、≪証拠≫並びに弁論の全趣旨を総合すると、昭和五〇年六月二八日訴外B(以下「B」という。)が、控訴人の主張にそう昭和五〇年六月二八日付信用金庫取引約定書(甲第一号証)及び同年同月同日付金銭消費貸借契約証書(甲第二号証)中の被控訴人作成名義部分の各住所氏名を記載し、その名下の印影は同人の実印である前記印章を押捺して顕出したものであることが認められる。

2  控訴人は、Bが被控訴人の指示を受け使者として右署名押印をした旨主張する。

しかしながら、≪証拠≫を総合すると、訴外会社は昭和五〇年六月下旬ころ資金繰りに窮し、その代表取締役であるBは同年六月二八日(土曜日)中に融資を受けるため、同日午前中に控訴人中央支店へ赴いて前記甲第一、第二号証の用紙を受領し、直ちに妻のCと共に同人の父である被控訴人宅を訪ねたこと、ところが、その際被控訴人が留守であつたため、同人の妻Dに対し、建物賃貸借契約の更新に必要だからと称して、右Dから被控訴人の印章を預かり、これを甲第一、第二号証の所定欄に押捺し、さらに右Dを介して被控訴人の印鑑証明書を受領したこと、これよりさきBは訴外会社が昭和四九年九月一八日訴外群馬信用組合から三〇〇万円の融資を受けるについて、その承諾を得ないまま被控訴人の印章を使用し、同人を連帯保証人としてこれを借り受けたことが認められ、以上の事実に前掲の各証拠並びに原審(第一、第二回)及び当審における被控訴人本人尋問の結果を総合すると、Bが被控訴人の指示を受けその使者として甲第一、第二号証に署名押印したと認めることはできない。

もつとも、≪証拠≫には、控訴人側の担当職員であつたEが昭和五〇年六月二八日被控訴人に電話をした旨の記載があり、≪証拠≫中にはその際被控訴人自身から保証意思を確認した旨述べている部分があるが、前認定の事実、≪証拠≫に照らすときは、右供述部分はたやすく措信できない。

また≪証拠≫及び被控訴人名下の印影が同人の印章により顕出されたものであることに争いがなく、≪証拠≫によると、作成日付の記載のない信用保証委託契約書(甲第九号証の二)中の連帯保証人欄に被控訴人の住所氏名が記載され、その名下にその印章(実印)が押捺されていることが認められるが、右≪証拠≫によると、右委託契約書はBが持ち帰つて作成してきたことが認められるうえ、≪証拠≫を勘案すると、右契約書中の被控訴人の住所氏名は被控訴人が記載したものではないことが明らかであり、前認定の事実も合わせ考えると、右印影が被控訴人の意思に基づいて顕出されたものであるとはとうてい認められず、訴外会社と群馬県信用保証協会との間の信用保証委託契約に基づく債務について被控訴人が連帯保証した事実も認められない。

次に≪証拠≫、被控訴人名下の印影が同人の印章によつて顕出されたものであることに争いがなく、その余は≪証拠≫を総合すると、作成日付の記載のない融資申込書(甲第二六号証の二)の保証人の住所氏名欄の空白部分に被控訴人の印章が押捺されていることが認められるが、同人の住所氏名が記載されていないうえ、その他の融資条件等についての記載がほとんどされておらず、右書面を受けて作成されたと右F証人の供述する店長権限貸出記録と題する書面(甲第二六号証の一)には、その受付日として昭和五〇年六月二六日、同年同月二八日と二通りのゴム印が押捺されていて、その作成日が明らかでないうえ、前認定の事実と対比すると、右書面についても被控訴人の意思に基づいてその印影が顕出されたものとは認め難い。

さらに≪証拠≫、連帯保証人欄の被控訴人作成名義部分は成立に争いがなく(但し、被控訴人は甲第一六号証中の同人の氏名は自署したものであるが、甲第一七号証中の氏名は自署したものではないと付陳する。)、その余の部分は≪証拠≫によると、訴外会社が昭和四九年一〇月二八日北毛信用組合から群馬県信用保証協会の保証付で金二〇〇万円を借受ける際、被控訴人が連帯保証したことを認めることができる。しかし、≪証拠≫によると、被控訴人が右連帯保証をしたのは、娘の仲人から懇願されたという格別の事情によることが窺われるので、右事実から本件債務について被控訴人が同様に連帯保証したであろうと推認することもできない。

なお控訴人の主張にそう昭和五〇年九月一〇日付連帯保証債務確認書(甲第六号証)によつて、被控訴人が前記連帯保証について承諾を与えていたと認められないことは後述するとおりであり、その他本件全証拠によつても、右事実は認められない。

3  以上のとおりであつて、被控訴人が本件債務につき請求原因3に主張の連帯保証契約を締結したとの事実を認めることはできない。

三  次に、被控訴人が本件債務について請求原因4の追認をしたか否かを審究する。

被控訴人名下の印影が同人の印章によつて顕出されたものであることに争いがなく、≪証拠≫(なお、原審証人Cの宣誓書の署名との対比、当審における被控訴人本人尋問の結果によると、甲第六号証、第七号証の二の各住所氏名の記載はCの筆跡とは異なることが明らかである。また、原審(第一回)及び当審における被控訴人本人尋問の結果のうち右署名の点を否定する部分は前掲各証拠と対比して措信しない。)、郵便官署作成部分はその成立の真正が推認され、その余の部分(宛名部分)はその記名の形態及び弁論の全趣旨により控訴人により記名されたことが推認されるからその成立の真正を認めることができる≪証拠≫によると、連帯保証契約の確認書(甲第六号証)が被控訴人の自署した封筒に入れられて、昭和五五年九月一〇日ころ控訴人中央支店宛に郵送されたことを認めることができる。右確認書には「……連帯保証につきましては確かに私が行なつたものに相違ありません。」との文言が印刷され、しかも≪証拠≫によると、甲第六号証から切り離された部分には前記確認の対象となる当該契約書を同封した旨記載されていることが推認され、また右証言中には甲第一、第二号証の写しを同封し、甲第六号証には契約書の番号など所要事項を記載したうえ、これらを昭和五五年七月初めころ被控訴人に宛て郵送したと述べている部分がある。そればかりでなく、≪証拠≫によると、被控訴人自身連帯保証については特に慎重であることが認められるから、甲第六号証のような書面に軽々に署名押印することはないと考えられるし、一方保証の意思がなかつたのであれば、甲第六号証に何故署名押印したのか、被控訴人自身首肯できるような事情を原審及び当審を通じ述べていない。

してみれば、被控訴人が本件債務の連帯保証契約を追認したと認定するのがむしろ自然であるといえよう。

しかしながら、前認定のとおり被控訴人が本件債務につき当初Bを使者として保証行為をしたこと及びEが被控訴人に電話をして保証意思を確認したことが認められないうえ、甲第六号証の確認書は契約締結後二か月以上を経過してから郵送されたものであり、前掲甲第九号証の二(被控訴人作成名義部分を除く。)、≪証拠≫を総合すると、訴外会社は、昭和四九年にBを保証人として、控訴人から一五〇万円及び一〇〇万円の二口の借入れをしていたが、返済が遅れ勝ちであつたため、控訴人は、前記のとおり群馬県信用保証協会の保証の承諾を受けて、訴外会社に対し新たに三五〇万円を貸付け、右二口の貸金の回収を図り(貸出しの当日残額一八五万一、五三六円全額を回収)、併せてその資金繰りを助けたこと、しかし右新規の貸付け分についても第一回目の返済から遅滞し(昭和五〇年七月二五日に返済する分を同年八月一二日に返済)、結局同年一〇月二八日に一〇月分の返済をした後はその支払いをまつたくしていないこと、控訴人は同年九月五日Bが返済のため控訴人中央支店を訪ねた際、同人に被控訴人の確認書の提出を求めたことが認められる。ところで、前記のとおり甲第六号証の確認書はその五日ほど後に控訴人宛に郵送されているから、そのことにB自身が関わつているものと推認される。そして、≪証拠≫並びに弁論の全趣旨によると、BはCと昭和四八年七月ころから同棲し、Cの両親である被控訴人ら夫婦の強い反対にもかかわらず結婚したが(Bにとつては三回目の結婚)、BにはCに対する暴行、不貞行為、多くの虚言など問題の行動が続き、結局昭和五二年一一月一日両名は離婚するに至つたこと、その間Bは訴外会社の経営に当つていたが、営業成績は振わず、その運転資金を作るため被控訴人の印鑑を盗用して群馬信用組合から融資を受けるなどしてきたこと、印鑑盗用などの点につきBがつじつまを合わせるには被控訴人らに対し詐言を用いたとしても不思議ではないこと、以上の事実を認めることができる。

しかも、前認定のとおり、そのころまでに控訴人側で被控訴人に対しその他に本件債務についての保証意思の確認など直接折衝したことは認められないうえ、郵便の発信すなわち前記甲第六号証の郵送についての記録が控訴人側に残されている証拠もないし、原審及び当審証人Eの確認書に所要事項を記載し、二通の契約書を同封して被控訴人宛に送付したとの供述も、そのとおりには受け取り難く、その他控訴人の主張にそう当審証人Fの証言もたやすく措信できない。

以上の事情に、≪証拠≫を総合すると、甲第六号証、第七号証の二に被控訴人が住所氏名を自署し、右六号証には同人の実印が押捺されていても、なお本件債務についての連帯保証契約の存在を認識したうえで、これを追認したと認めることは困難であるというほかはない。そして、他に右追認の事実を肯認するに足りる的確な証拠はない。

してみれば、被控訴人が本件債務につき請求原因4の追認をしたとの主張も採用の限りでない。

四  以上の次第であつて、控訴人の本訴請求は理由がないのでこれを棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当であるから本件控訴を棄却

(裁判長裁判官 岡垣學 裁判官 小川昭二郎 鈴木經夫)

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